~人類は戦争の恐ろしさや悲惨さを、嫌というほど知っている。なのに何故、同じ過ちを繰り返すのか?~
かつて誰もが知る天才物理学者アインシュタインと、現代の精神分析・心理学の基礎を築いたフロイトが「ひとはなぜ戦争をするのか」をテーマに書簡を交わし合ったことを、またその語らいから一つの結論に至っていることをご存知だろうか?
ナチズムに握りつぶされた天才二人の「戦争論」
アインシュタインとフロイトが書簡を交わし合ったというだけで、非常に興味をそそられ、また名著として世界中に知られていても良いはずである。
しかし長い間、この二人の議論が往復書簡として公刊されることはなかった。
(日本では2016年6月10日、第1刷発行、講談社)
理由は書簡が交わされた翌年にナチス政権が誕生し、ユダヤ人への迫害が始まったことである。アインシュタインもフロイトもともにユダヤ人であり、後にこの二人も国外へ亡命を余儀なくされる。
アインシュタインは武器隠匿の容疑で家宅捜索を、フロイトもヒトラー政権下で精神分析関係の書物が禁書となってしまい、同じく家宅捜索を受けた。
こうした激動の時代において、いつしかこの二人の「戦争論」も忘れ去られることとなる。
世紀の戦争論はナチズムに握りつぶされた、と言っても過言ではない。
A・アインシュタイン / S・フロイト / 浅見昇吾(訳)『ひとはなぜ戦争をするのか』講談社学術文庫、p.59
国際連盟がアインシュタインに依頼
「今の文明においてもっとも大事だと思われる事柄を、いちばん意見を交換したい相手と書簡を交わしてください」
A・アインシュタイン / S・フロイト / 浅見昇吾(訳)『ひとはなぜ戦争をするのか』講談社学術文庫
「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?(P.10 引用)」
これがアインシュタインの選んだテーマだった。
科学技術の発展により、より強力な兵器が生まれ、実戦に投入された第一次世界大戦。これまでの戦争とは比べ物にならないほどの犠牲を払ったことから、アインシュタインはこらからの戦争がすでに人類の存続に関わる問題だと考えていたのかも知れない。
また人類は、この「戦争」という問題を解決するために、真剣な努力もおこなってきた。しかし残念ながら、未だにこれといった解決策は見つかっていない。
「人間の衝動に関する深い知識で、問題に新たな光をあてていただきたい」
A・アインシュタイン / S・フロイト / 浅見昇吾(訳)『ひとはなぜ戦争をするのか』講談社学術文庫、p.10
アインシュタインは、自身が物理学者のため、人間の感情や想いといった部分への理解に長けていないと述べ、書簡を交わす相手に、人の心を知り尽くしたフロイトを選んだ。
アインシュタインが示した問題提起
まずアインシュタインは書簡の中で、戦争解決の手段として最も効率的と思える自身の考えを述べている。
国家が一致協力して一つの国際機関を作り、国家間の問題に関して、立法と司法の両方の権限を与える。そして実際に国際紛争が生じた際は、その機関に問題解決を委ねる。
しかし、ここで早くも最初の壁に突き当たる。
裁判というものは人間が創りあげたものです。とすれば、周囲のものからもろもろの影響や圧力を受けざるを得ません。何かの決定を下しても、その決定を実際に押し通す力が備わっていなければ、法以外のものから大きな影響を受けてしまうのです。
A・アインシュタイン / S・フロイト / 浅見昇吾(訳)『ひとはなぜ戦争をするのか』講談社学術文庫、p.12
そう、法や権利、権力というものは、常に分かち難く結びついているものです。なので国際的な機関を作っても、どこかの大国の思惑や、利権に影響を受けてしまう可能性があります。
判決に絶対的な権威があり、決定を押し通すだけの力を持っている国際的な機関の実現は今現在もできていません。
当時は特に、その役割を果たすべきだった国際連盟が、後の第二次世界大戦を止めることができず、その役割と機能を全く果たすことができませんでした。
アインシュタインは言います。「国際的な平和を実現しようとすれば、各国が主権の一部を完全に放棄し、自らの活動に一定の枠をはめなければならない(p.13引用)」と。果たしてそのようなことができるのか?
これがアインシュタインからフロイトへの最初の問題提起です。
人間の心は平和への努力に抗う?
続いてアインシュタインは、数世紀にも渡って、国際的な平和を実現するために、数多くの人間が真剣に努力をおこなってきたとし、それでも未だに平和が訪れない理由を「人間の心自体に問題があるのでは?」と考えます。
人の心というものは、平和への努力に抗うよう種々の力が働いている?
そしてアインシュタインは、そういった平和に抗う人間の心の働きについて、次の例を取り上げます。
一つは「権力欲」。「いつの時代でも、国家の指導的な地位にいる者たちは、自分たちの権限が制限されることに強く反対します。(p.13引用)」と述べ、次にその「権力欲」を後押しするグループがいることも指摘します。
戦争時に武器を売る、武器商人などもそれに該当します。
そこでアインシュタインはフロイトへ、人間の「破壊衝動」についてと、「なぜ少数の人たちがおびただしい数の国民を動かし、彼らを自分たちの欲望の道具にすることができるのか?(p.14引用)」と次の質問を投げかけます。
最後の問い
人間の心を特定の方向に導き、憎悪と破壊という心の病に冒されないようにすることはできるのか?
A・アインシュタイン / S・フロイト / 浅見昇吾(訳)『ひとはなぜ戦争をするのか』講談社学術文庫、p.16
アインシュタインは自身の経験に即して、「教養のない人」よりも「知識人」の方が、大衆操作にかかりやすく、最後は致命的な行動に走りやすいとしたうえで、そういった権力者の思惑に踊らされることなく、また人間の「破壊衝動」というものを押さえることができるのか?との問いを投げかけます。
この記事で見てきたように、アインシュタインはこの書簡で、まさに「人間の本質」を突くいくつかの質問を提示しています。
これに対して、人間の心を長年に渡って研究し、知り尽くしてきたフロイトは何と答えるのか。ここからは実際に本書を手に取って読んで頂きたい。
2023年2月現在、今なおウクライナとロシアの戦争は終わりが見えない状況が続いています。
まさにこれからの時代、戦争を考えるうえでこの二人の書簡での語らいは、様々な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。
また当時この書簡がやり取りされた時、アインシュタインは53歳、フロイトは76歳でした。自分よりも年下のアインシュタインに対して敬意を持って、丁寧にまた真摯に語るフロイトの姿勢にも、非常に感動しました。
何度も繰り返し読み返したい一冊です。
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