~広い視点から「ウクライナ戦争」を考える~
2022年2月24日に、ロシアがウクライナへ全面侵攻を開始したことをきっかけに発展したウクライナ戦争。戦いは長期化し、今なお出口の見えない状況が続いている。
ロシアは日本にとっても北方領土問題を抱え隣国でもあり、経済もグローバル化した現代においては、決して他人事ではない。
今後の日本の立ち位置、国家安全保障、国際情勢を考えるにあたって、参考にすべき一冊を紹介したい。
エマニュエル・トッド著『第三次世界大戦はもう始まっている』2022年6月20日、文春新書
本書から得られるもの
①ニュースや新聞だけでは語られない視点から、ウクライナ戦争の原因を理解できる。
②ウクライナ(+NATO、西側)=「善」 対 ロシア=「悪」の単純な善悪二元論ではわからない、戦争の複雑さについて新たな視野を広げてくれる。
③公平且つより広い視点で問題の本質を捉える力が身に付く。
エマニュエル・トッド
1951年生まれ。フランスの歴史人口学者・家族人類学者。国、地域ごとの家族システムの違いや人口動態に着目する方法論で、「ソ連崩壊」や「米国発の金融危機」、「トランプ政権誕生」などを予言。
他の著書に『エマニュエル・トッドの思考地図』(筑摩書房)、『シャルリとは誰か?』『問題は英国ではない、EUなのだ』(文春新書)などがある。
本書の概要とポイント①「戦争責任は米国とNATOに」
本書の冒頭、エマニュエル・トッド本人もロシアの蛮行を否定し、今回の戦争は耐え難く、一般市民が殺され、住居が破壊される凄惨な映像は、「人間として “苦難” 以外の何物でもありません」と、この戦争に対しての心情を述べている。
そのうえで、歴史学者という立場から、「ウクライナ戦争の “戦争責任” はロシア・プーチンにあるが、それ以上に米国・NATO側にもある」というのが、著者の主張である。
その理由の一つに、米国・NATO側はドイツ統一が決まった1990年時点で、「東方には決して拡大しない」と当時のソ連に対して約束をしていた。しかし冷戦後、NATOは東方へ拡大し続け、1991年ポーランド、ハンガリー、チェコが加盟。2004年にルーマニア、ブルガリア、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニアが続いて加盟している。
これに対してロシアは、「ウクライナのNATO入りだけは絶対に許さない」と繰り返し警告を発してきた。このことから、ロシアにとってウクライナとは、「越えてはならないレッドライン」であったと考えられる。
一歩引いたところから見ると、この戦争にプーチンを駆り立てたのは、米国・NATO側だったという主張も納得がいく。
本書の概要とポイント②「囲い込まれているのは西側ではなくロシア?」
米国は冷戦後、東方へ拡大を推し進め、軍事的にロシアを包囲してしまった。それは、米国と同盟国の軍事基地ネットワークを、地図上で、一本の線で結ぶと明らかで、実は囲い込まれているのはロシアであり、これまで軍事的緊張を高めてきたのはNATOであったとトッド氏は言う。
ウクライナを事実上のNATO加盟国にし、軍事的にロシアを抑え込もうとするアメリカと、その目論見を阻止し、大国としての地位を維持させたいとするロシア。互いの思惑がこの戦争を長期化させ、その結果ウクライナの人々が一番の被害を被っている。
本書の概要とポイント③「米国は “支援” することでウクライナを “破壊” している」
これが本書最大の主張である。ウクライナ人は米国・英国が自分たちのことを守ってくれると思っていたが、実際はそうではなかった。ロシアの侵攻が始まると、米英の軍事顧問団はポーランドへ逃げ、大量の武器だけを渡されたウクライナは、単独で大国ロシア相手に戦うこととなる。
このことに対しトッド氏は、「アメリカとイギリスはウクライナ人を “人間の盾” にしてロシアと戦っている(p.34 引用)」と痛烈に批判し、この裏切りに対して、ウクライナ人の反米感情が今後高まる可能性もあると述べている。
まとめ
まず私自身、本書の内容だけが全て真実だとは思っていない。しかし、戦争がある意味情報戦だということも決して忘れてはならないと感じる。
日本も世界から見れば “西側” の国であり、日々目にしているニュース報道が、どれだけ現実を伝えているかはわからない。
事実この本を読むまでは、一方的にロシア側が悪であり、「強いロシアが弱いウクライナを攻撃している(p.32 引用)」と考えていた。
しかし、冷静に一歩引いた視点からこの問題を考えると、著者が主張するように「弱いロシアが強いアメリカを攻撃している(p.32 引用)」とも捉えられ、決してどちらか一方が悪、もう一方が善という、単純なものではないということがわかった。
ウクライナ戦争に限らず、世界で起きている諸問題に対しても、多角的な視点から自身の頭で考え、問題の原因や背景を自分なりに調べていくことの重要性をこの本は教えてくれる。
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